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 真言宗豊山派、佐渡支所下四十二番、安照寺住持 梶井照雄と申します。

 先月のこと、相川姫津の薬師堂で、本尊『薬師如来像』のご開帳法要があり、当日は実に三十三年ぶりの『大般若転読会』も行われたとお聞きしました。
 本日は、その大般若経というお経本に書かれた、庶民のお願いごとについて、少しお話をさせていただきます。
 この大般若経という経典は、唐の三蔵法師玄奘が、インドから持ち帰り、翻訳されたもので、六百巻もありますから、法要の際には、アコーディオンのように、パラパラと広げながら読みます、これを転読といい、この時に巻き起こる一陣の風を『般若の梵風』といって、これに触れるさえ、無病息災、一年中風邪をひかず、ご利益をいただけるという、誠に有り難い法要なんです。

 両津前浜の東強清水という村の観音堂には、こんな大般若経が伝わります。法印快栄という人が、この六百巻という膨大なお経を、なんと八年の歳月をかけ書いて納めたというものが所蔵されてあるのです。
 さて、私の地域の組寺には『両津護摩』と称する伝統行事が有ります。
 室町時代の末期、加茂の領主・渋谷氏の支配する真言宗寺院九ケ寺、現在は六ケ寺であります。郷内安全、五穀豊穣の祈願のため、この行事は始りました。今から四百八十年余り前のことであり、今日まで連綿と伝えられてきました。
 この行事で使用する現在の大般若経は、天保年間ですから、およそ、百八十年程前のものです、その一巻ずつに、寄進した人の施主名とお願いごとが、巻末に書かれているのです。
 それを見ますと、「先祖代々菩提」のため、「父母仏果菩提」のため、「両親菩提」のためという為書きが多く見られます。現在もよく使います『家内安全』と言う言葉。亡くなった後は、極楽の蓮の上に生まれ変わりたいという願いでしょう『一蓮托生』の言葉も見られます。
 また、寄進の施主など、個人名のほかに、「講仲間」「講中」の皆さんによっても納められました。
 『庚申』いわゆる庚申信仰ですが、『庚申待講中』また、夷・湊町では『念仏講中』『真言講中』のほか『善光寺仲間』と言う講仲間ももありました。
 女性が一生に一度、お参りすることで、ご利益をいただくという信仰で、その講中から、毎年、何人かの人がつれだって、信州まで参詣の旅をしたことでしょう。
 こうして、『両津護摩』行事の、この大般若経の記録から見えるものは
「亡き人を、追福する」という庶民の、切なる願いは、いつの世でも、変わることはないということであり、そして、お寺や集落の行事には、『講仲間』『講中』という、篤い信仰の絆で結ばれた人達によって、維持されてきたことが分かります。
 『講中』という組織、その言葉が立ち消えにならぬことを願い、この話の結びといたします。

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