テレホン法話(平成28年12月)

こんにちは、柿野浦・西泉寺の中浜浄明と申します。
暇な時は図書館に行っていろいろな本借りてくるのですが、本って買うと結構するし、どんどん増えてしまうので、図書館はいいですね。
そんな中の1 冊、今年7 月に亡くなられた、永六輔さんの「大往生」の中の言葉をご紹介したいなと思いました。著名人ではなく巷に生きた人たちの言葉がちりばめられてい ます。永氏は浅草のお寺に生まれ、テレビ界の草分けとして活躍、20 年以上前にこの「大往生」もベストセラーになりました。
生老病死は誰にも避けることはできない。自分の問題としても以下のような言葉をかみしめました。

まずは老いについて。
「ハゲになったり、白髪になったりして嘆くことはありません。ハゲたり白くなったりするまで生きられたと思えばいいんです」
「酒、こんなにおいしいものをやめると・・・身体によくないよ」
「今日も無事、小便できる幸福よ」「今はただ、小便だけの道具かな」
「寝るっていうのは、結構エネルギーが必要なんですよ。老人が早起きするのは、そのエネルギーがないからです」
「呆けた親を施設に預けた帰りにしみじみ思いましたよ。税金を払っでおいてよかったって」
「叱ってくれる人がいなくなったら、探してでも見つけなさい」
「結局生きてゆくということは、気分を紛らわせていくことなんだよな」
「人生五十年という時代の感覚で年齢を数えてはいけない、という説もある。医学の進歩も含めると、「七掛け」でちようどというのだ。つまり七十歳は四十九歳、六十歳は四十二歳、五十歳は三十五歳。ウン、そうかもしれない」
「老入たちに言うんですよ、文鎮になりなさいって。文鎮はそこにあるだけで、動かないで役に立っているでしよう」

続いて病いについて
「頭を使うから胃潰癌になるんじゃありませんよ。頭の使い方が下手だから胃潰療になるんです」
「看護師不足は、労働条件だけではないと思いますよ。日本人の、生命を見つめない、死を嫌う、と言う伝統があるんです」

そして死について
「お彼岸、お盆、法事 ・・・そういうチャンスに、できるだけ死について、死者について話をするベきです。それが、死を受け入れるトレーニングになるんです。みんな死ぬんですから」
「葬式をしないという遺言を守った遺族がいたが、そのあと一年中の弔問客の対応に疲れ果てたという」
「葬式で、赤ちゃんの声が聞こえると、何だかホッとするんですよ。子供は葬式に重要です」
泉重千代さん「 百歳を過ぎて子供に死なれた時は辛かった」百十五歳の時に「どんな女性が好きですか」と聞かれて「・・・年上の女」
「当人が死んじゃったということに気がついていないのが、大往生だろうね」
「何か言い残すことはありますか」と聞かれて、自分で「ご臨終です」と言って死んだ人もいた。
「昔はね、呆けるほど長く生きなかったの」

などなど、ぜひ、手に取って読んでいただくことをおすすめします。

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