テレホン法話(平成27年2月)

 2月を担当します相川北田野浦西方寺と新穂長畝東光院の住職 加藤龍久です。よろしくお願いします。年齢と共に冬の寒さが体に堪え、暖かい春の訪れを待ち焦がれる気持ちが募るばかりです。寒い冬を皆様恙なくお過ごしでしょうか。
 さて、真言宗を開かれた弘法大師空海、お大師さまは『即身成仏』を主張しました。真言宗の教えの中心になる考え方です。「死んだ後に極楽へ往生する」という考えではなく、「この世に生きている間に仏様になる」という考えです。
 「生きているうちに仏さまと同じ心になるとはいったいどんな心の状態になればいいのか?」毎日毎日煩悩によって悩み・苦しむ自分がいます。皆様は人生苦しくありませんか?
 日々沸き起こる悩み苦しみは、あたかも毎日のお天気のようであり、海の波のようです。「この世に生きている間に仏様になるとはどういうことか?」言葉を言い換えて「悟るとはどういうことか?」と長い時間をかけて考えています。いっこうに答えは見つかりません。
 ところで人生の峠を過ぎて下り坂をどんどん下っている時に一つ気づいたことがあります。それは、貰う喜びより与える喜びが大きいということです。
 皆様は「無財の七施」という言葉がありますがご存じですか?私たちの日常生活の中で、お金が無くても物が無くても周りの人びとに喜びを与えられるという布施です。
 すぐに取り組める事を4つ紹介します。1つめは「眼施」やさしい眼差しで人に接する施し、2つめは「和願施」にこやかに人に接する施し、3つめは「言施」優しい言葉で人に接する施し、4つめは「心施」思いやりの心で人に接する施しです。
 人生の下り坂をあくせく悩み苦しんで歩んでいるあなた、残された命の使い方を考えてみませんか。
 宮沢賢治が作った有名な詩に「雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち欲は無く・・・」と続き「東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行って怖がらなくてもいいと言い、北に喧嘩や訴訟があれば行ってつまらないから止めろという。そういう者に私はなりたい。」と結んでいます。法華経を深く信仰した宮沢賢治の味わいのある布施の具体的な姿だと思います。
 お大師さまが主張する「即身成仏」=「この世に生きている間に仏様になる」とは、人様のお役に立ちたい、人様に喜んでもらいたいと思って実践する布施行・利他行に相通じる所が大きいと思うのですがいかがでしょう。
 まだまだわたくしは未熟者です。ご本尊様にお仕えしお給仕しながら皆様とご一緒に仏教を、特にお大師さまの教えを追い求めていきたいと思います。話は尻切れトンボで終わります。是非またの良い機会にこの続きをお話できれば幸いでございます。

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